台湾の声バックナンバーを検索(先頭に検索語を付け加えてください)

説明

  • このブログでは2007.9.22より、主に『台湾の声』のバックナンバーを掲載しています。
  • (このブログ設置以前のものを含む)バックナンバー一覧http://www.geocities.jp/taigu_jp/koe/
  • 未収録の最新の分はこちらhttp://www.emaga.com/bn/bn.cgi?3407をご覧ください。
  • 2013年11月8日金曜日

    「台湾の声」【傳田晴久の台湾通信】馬祖の旅( 1 ) 

    【傳田晴久の台湾通信】馬祖の旅(1) 


    ◆はじめに

     このたび台湾の離島「馬祖」を訪ねるツアーに参加いたしましたので報告させていただ
    きます。このツアーは日本李登輝友の会が主催するツアーで、「台湾の達人」片倉佳史さ
    んが同行解説してくださるというものです。

     私は金門島、澎湖島には行ったことがありますが、馬祖列島にはまだ行ったことがな
    く、かねて行ってみたいと思っていたところでしたので、自分の齢を忘れていくことにい
    たしました。ご報告したいことがいろいろありますので、2、3回に分けさせていただきま
    す。まず初めは「馬祖」の紹介から始めましょう。

    ◆「馬祖」とは?

     右の地図はインターネットからの引用ですが、右下に台湾本島があり、左上の中国との
    間に小さな島が下から上に金門、烏?、馬祖列島が並んでいます。我々が訪ねる「馬祖列
    島」は福建省連江県にあり、台湾本島の西北方約210kmにありますが、大陸はほんの目と
    鼻の先、約10km弱と離れていませんので、晴れている日は対岸がよく見えます。

     馬祖列島は5つの大きな島(南竿島、北竿島、西?島、東?島、東引島)で構成され、合
    計総面積は約25,000ヘクタールあるが、日本では馬祖列島の事を一括して馬祖島(ばそと
    う)と呼んでいます。人口は表敬訪問した県長(県知事)楊綏生氏によれば約12,000人
    (除:軍人)と言うことです。

    ◆馬祖の謂れ

     南竿(なんかん)島に天后宮という廟があり、そこに媽祖様が祀られていますが、廟を
    紹介するパンフレットに「霊穴傳奇」という項があり、次のような記述があります。

     清朝の初め、「使琉球記」に「天妃」は父のために海に身を投じ、亡くなった。連江県
    誌には詳細な記述があり、伝説によれば父と兄は船に乗って?江口海域に来たが、突然猛
    烈な暴風雨に出合い、船は毀れ、人は溺れた。媽祖は躊躇うことなく海に飛び込み父と兄
    を救出したが、大波逆巻き彼女は不幸にも亡くなってしまい、その聖体は漂流し、馬祖の
    澳口に漂着した。村民は媽祖を現在の天后宮の霊穴(お墓)に手厚く葬ったという。

     伝えられるところによれば、人々は海に入り魚を獲るが、暴風雨になる前夜、あるいは
    船が進路を見失ったとき、岸辺に突然火球が出現し、危険を避けて引き返すように漁船を
    導くという。この紅の火の玉は媽祖の霊穴から出現するというので、住民はこれを「媽祖
    火」または「媽祖燈」と言う。

     これで媽祖と馬祖が結び付きましたが、なぜ島の名前が「媽祖」でなく「馬祖」なの
    か。これは「重男軽女」(男尊女卑)思想の結果とか、地名に「女偏」が付くのはいけな
    いということで、「馬祖」になったと聞きました。

    ◆今回のツアー行程

     今回のツアーの行程を簡単に紹介します。

     初日10月24日(木)夕方、台北松山空港から小さな飛行機(ボンバルディア社製約60人
    乗り)に乗って馬祖列島の南竿島へ、飛行機は風が強いのかかなり揺れ、少々ひやひやし
    ましたが、無事到着。

     早速「八八坑道」(もともとは戦車を格納するための坑道であったが、現在は老酒の酒
    蔵として利用されている)を見学、老酒の良い香りの歓迎を受け、幸先良いスタートを切
    りました。

     福澳港に移り、今度は小さな船で北竿(ほくかん)島へ、海はかなり荒れて、猛スピー
    ドで飛ばす船は上下に跳ねるようで、スリル満点でした。西の彼方に夕日が沈む景色をゆ
    れる船べりにしがみつきながらの鑑賞。北竿島に上陸後、車で夕食をとる龍和餐庁へ、途
    中「坂里大宅」に立ち寄り、馬祖特有の石造りの建物を見学。夕食時、自己紹介をし、わ
    れら一同初めて本当の仲間となりました。宿泊は「地中海民宿」という洒落た名前の石造
    りの民宿でした。

     2日目10月25日(金)、朝食前に村の守護神「蛙」の置物などを見物、石造りの集落を、
    各所に掲げられる反共スローガンを横目に散策、朝食後「戦争平和紀念公園」を見学、再
    び船で南竿島に戻りました。

     昼食は九榕閣餐庁で、馬祖国家風景区管理処の皆さんとともに郷土料理をいただきまし
    た。午後は「北海坑道」(戦時、哨戒艇基地として花崗岩の壁を人力で削って作った水
    道)などの軍事施設を見学しました。四維村で夕陽を鑑賞した後、夕食は依?的店で自家
    製の素晴らしく美味しい老酒を呑みながら楽しみました。その後、夫人珈琲でひと時を過
    ごしました。

     最終日10月26日(土)は朝食に大変美味しいという扁食(ワンタン)を頂き、介寿村付
    近を散策、お土産屋を覗いた後、連江県政府を訪ね、県長(県知事)を表敬訪問しました。


     昼食後いよいよ最大のお目当て、「媽祖巨神像」を見学に行きました。圧倒されるよう
    な媽祖様の像を後に南竿空港から空路台北の松山空港に戻り、解散しました。

    ◆馬祖列島は別世界

     初めて訪ねた馬祖列島(その中の2島のみであるが)を一言で表現するなら、「別世界」
    という言葉がぴったりではなかろうか。

     いくつかの見聞からそのように感じましたが、まず行政区分では台湾の西北端に位置す
    るが、ここでは台湾語は全く通ぜず、もともと「?東語」を話すそうであるが、若者は当
    然であるが、お年寄りも北京語を流暢に話す。1949年(中華民国軍が台湾に逃げ込む)以
    来、金門、烏?(うきゅう)とともに馬祖は国共内戦の最前線となり、中華民国軍兵士が
    大量に常駐し、北京語が日常使われるようになり、島民は北京語を使用しなければ生活が
    成り立たず、北京語を話すようになったと言います。

     台湾の建物は煉瓦造りが多いが、ここには煉瓦は製造されず、ほとんどの建物は花崗岩
    の石造りである。小さな島であるが、地形は凹凸が多く、坂道と階段だらけである。車で
    移動する分には構わないが、車を降りてから目的の場所に行くのは大変である。本文の冒
    頭に「自分の歳を忘れて云々」と書いたのは、この坂道や階段の存在を知っていれば……
    の思いからである。

     聞くところによると、当地では酒の製造に関して当局は黙認しているそうで、各餐庁が
    それぞれの味がする老酒を作り、ふるまってくれる。北竿島の地中海民宿の老酒、南竿島
    の依?的店の老酒を試したが、まったく味が異なり、それぞれ特徴があり、大変おいしか
    った。お酒の製造が黙認されているなんて、呑兵衛にとってはまさに天国。

     馬祖列島は獣は少ないそうだが、鳥や魚、植物は種類が多く、中には日本との交流をう
    かがわせるものもあるという。特筆すべきは絶滅危惧?A類にリストされている「ヒガシ
    シナアジサシ(?嘴瑞鳳頭燕?)」という海鳥が馬祖列島に生息していることが確認され
    たことです。渡り鳥が南北に移動するとき、馬祖列島はその中間に位置しているので、こ
    こでは多くの鳥が観測され、バードウオッチングのメッカとなっています。

     馬祖列島の人口は12,000人と聞きましたが、それは戸籍上の話で、実際にそこに居住し
    ているかどうかははっきりしないそうです。馬祖にはこれと言った産業も無いので、過疎
    が進み、学校を出た若者の多くは台湾本島、台北に行ってしまう。選挙の時には戸籍のあ
    るところで投票するので、その時だけ故郷に戻って来るとのことである。

     また、馬祖列島には軍隊が駐留しているので、場所によっては民間人より軍人の方が多
    いこともあるという。県長に軍人は何人くらいいるかとお聞きしたら、それは「秘密」と
    かわされてしまった。

    ◆おわりに

     媽祖は台湾人にとっても馴染みが少ないところだそうである。地理的にも台湾本島より
    も中国大陸に近く、交通手段も限られ、要するに、馬祖は行きにくい場所、その理由は春
    (3〜5月)は霧が出る、夏は気温が30度以上、秋は台風、冬は風が強く、船もよく欠航に
    なる。飛行機は飛ばない可能性が高く、馬祖ツアーは業者もほとんど企画しない。

     今回の馬祖の旅は幸いにも天候に恵まれ、素晴らしい体験の連続でした。「台湾の達
    人」片倉佳史さんの同行解説によって、多くの知見が得られました。県長さんは我々が帰
    るときにたくさんのお土産をくださいました。だからいう訳ではありませんが、皆さん、
    機会がありましたら、是非とも馬祖列島を訪問してください。

     次の「台湾通信」では媽祖信仰について書きたいと思います。

    0 件のコメント: