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  • 2014年6月18日水曜日

    「台湾の声」【楠木正成の統率力(3)】将の道

    【楠木正成の統率力(3)】将の道

    (「太平記秘伝理尽鈔巻第二 南都・北嶺行幸の事」より)─ 

    家村和幸

    ▽ ごあいさつ

     こんにちは。日本兵法研究会会長の家村です。

     兵法の天才・楠木正成は没後、室町幕府に
    より賊とみなされ、著しく名誉を失墜して
    いましたが、戦国末期には恩赦され、
    武士たちの間でも『太平記』が盛んに読ま
    れるようになりました。同時に楠木正成の
    戦術・戦法の研究も盛んになりました。

     桃山時代の日蓮宗本国寺(京都)の僧・陽翁
    は、諸国の修行中に肥前唐津において、名和
    長年の子孫である名和正三に会い、『太平記
    評判秘伝理尽鈔(以下、「太平記秘伝理尽鈔」
    とする)』を伝授されました。名和長年は、
    隠岐から脱出した後醍醐天皇を迎え、船上山
    での挙兵に協力した勤皇心の厚い武将でした。
    陽翁は、この『太平記秘伝理尽抄』を研究し
    て、『陽翁伝楠流』と称する兵法を始めました。
    この後、陽翁は加賀の金沢藩主三代・前田利常
    に仕え、自らの兵法を金沢藩士を通じて関東に
    まで広めました。

     『陽翁伝楠流』の代表的な兵書『太平記
    秘伝理尽抄』は、正保2(1645)年から
    版を重ねて流布され、兵法の流派を超えて
    大いに普及しました。山鹿流兵法の祖・山鹿
    素行は、この『太平記秘伝理尽抄』を最も
    愛読した人物であり、楠木正成の兵法は
    素行の兵法思想にも多大な影響を与えました。

     それでは、本題に入りましょう。


    【第3回】将の道(「太平記秘伝理尽鈔巻第二 南都・北嶺行幸の事」より)

    ▽ 戦う天台座主、大塔宮護良親王

     『太平記』によれば、鎌倉幕府を倒すために、
    南都・北嶺(奈良と比叡山)の衆徒を味方に
    引きこもうと謀られた後醍醐天皇は、
    元徳2(1330)年2月8日、東大寺・興福寺
    へ、同月27日には比叡山延暦寺へと行幸された。
    この時、延暦寺の天台座主は、後醍醐天皇の
    第三皇子、大塔宮護良親王(おうとうのみや
    もりよししんのう)であった。大塔宮は座主と
    いう仏教界で最高の地位にあられながら、
    お経を読まれず、武芸の修練に余念がなかった。

     大塔宮は、太刀打ち(太刀を抜いて戦うこと)
    などの武芸を毎日鍛錬され、兵法の七書(『孫子』
    『呉子』『六韜』『三略』『司馬法』『尉繚子』)
    を会得されておられたが、経典やそれ以外の書物
    には、全くご興味がなかった。また、七尺の屏風
    を座ったままで、後ろへ投げ飛ばされるほどの
    怪力の持ち主であられたという。

    ▽ 将が備えるべき勇とは

     勇には「将の勇」と「兵の勇」の二つがある。

     「将の勇」とは、才能と智恵のどちらも兼ね
    備えており、よく兵士たちの心の中をさとり、
    兵士らに下知(命令)するにも、先ず彼らを愛し、
    彼らを服従させる。そして、謀を回らせて敵を
    撃滅し、戦場に臨んでは、一命を軽んじて諸々
    の兵たちを勇敢にさせ、十分に敵の強弱、軍勢の
    多少、地形の利・平・鈍、人の和、天の時を知る。
    それだけではなく、敵の将軍の謀や勇猛さを
    量り、また、軍の進退を知るなどである。

     以下、それぞれについて簡単に述べる。

    ▽ 兵たちの願いを知り、満足させる

     初めに兵士たちの心を知って愛するという
    のは、将たる人は出陣にあたって、人々の心
    を知って、願いを満足させよ、ということで
    ある。欲深い者には身分に応じて財宝を与え、
    戦(いくさ)を有利にしたならば、雑具・所領・
    金銀などの類いを与えることを約束せよ。
    官位を願う者には、少し官職を与えて、戦を
    有利にしたならば、高位・大官を授けようと
    約束せよ。いかなる宝をも惜しんではならない。
    ただし、金銀などを過分に与えれば、兵の
    心の中に怠りが生じることがある。また、
    所領については、その場でみだりに与えては
    ならない。与えることを約束した印のみを
    与えておくのである。

    ▽ 合戦後の恩賞をどうするか

     恩賞を与えるか、与えないかの判断は、
    理非によってはならない。一を捨てて十を
    取り、十を捨てて百を取れ。強きを取って
    弱きを捨てよ(強い者を優先して賞せよ)。

     賞を与える基準は、その時々に応じた
    言い方をせよ。これが謀である。世の中が
    治まって後に、戦の前の約束は反故(ほご)に
    せよ。これが戦の智謀である。反故にする
    にも段階がある。大手柄であるならば、
    約束を反故にしてはならない。手柄により、
    約束の中身により、その人の器量によって、
    それぞれに応じた賞を与えよ。これらに
    対して恨みを訴える者があれば、その程度
    に応じて厳罰に処せ。訴えはたちまちに
    止むであろう。これを愛という。

    (筆者注)これは冷酷なようであるが、
    このようにして次の合戦の邪魔になる者を
    排除し、不平分子を一掃すれば、戦に勝ち、
    諸々の兵たちも身を立てることになるので
    あるから、これが「愛」なのである、とする
    もの。いつの世も、公正に賞を与えるのは
    難しいものであり、自分を低く評価された
    として不満を抱くものが必ず存在すると
    いう真理に根ざしている。

    ▽ 戦場では恐れず戦うべし

     戦場では一命を軽んじるというのは、
    将たる者が戦に赴(おもむ)くときには、
    よく謀を回らして、合戦に勝算があるならば、
    恐れることなく戦をせよ。策略を十分に
    深いものにして、恐れてはならない、
    という意味である。怯(おび)えていては
    合戦にならないのである。それゆえに、
    勇こそが将たる者の根幹をなす。

     また、臆病ということがある。時の声に
    驚いて、気持ちが動転し、魂を失うなどの
    類いである。こうした臆病な性格は、
    いくら鍛錬しても治らないのだから、
    いっそのこと武士をやめてしまうのがよい。

     さらに、兵の命を軽んじるというのは、
    将の下知(命令)を守って死することを
    いう。忠誠とは、君主の命に代わって
    討ち死にすることを思い、君主の威を
    輝かすことのみを願って、我が身を
    顧みないことである。

    ▽ 兵たちを勇敢にさせる方法

     これには、次の三つの方法がある。

     一つには、敵の非道と弱さを挙げて、
     勝つべきことを説く。

     二つには、忠節があれば禄を与え、
     官位を授けることを約束する。

     三つには、昔の悪人が皆、最後は
     亡びたことについて語り、義は重く、
     命は軽きことを説く。

    ▽ 敵の強弱

     敵が強いか弱いかを計るというのは、
    敵将の剛臆・智謀、その臣下の勇臆・智謀、
    勇猛で名の知れた兵などを知って、君臣とも
    に弱いと判断すれば、これを倒す。強いと
    判断すれば、それに勝つ謀をなすことを
    いうのである。

    ▽ 勢の多少

     我が国の広狭と敵国の広狭を計り知って、
    軍勢の多い少いを知る。これゆえに、
    民百人を所掌する者は、日本の広狭を知り、
    全国六十余州の大小、国々の人の風俗、
    民衆の能力や経済状態を知るのである。
    これが将の学ぶべきことである。また、
    味方の人数を知って、両陣の中間に出て、
    互いの陣を見合わせて、勢の多少を知る
    ことがある。さらに、通り過ぎる軍勢の
    先頭から最後尾までを隠れて見て知ることもある。

    ▽ 地の利・平・鈍

     また、地の利・平・鈍とは、地形が嶮しいか、
    大河か、沼などがあることで、敵が攻め寄せて
    来るときに、防ぐのが容易であるのを「利」と
    いう。「平」とは、平らな地である。
    「鈍」とは味方にとっては不利であり、敵が
    攻めて来るのに有利であるのをいう。

    ▽ 人の和

     人の和には二つある。一つには、敵の大将
    にその配下の兵士が懐(なつ)いているのは
    和である。二つには臣下が互いに威を嫉(そね)む
    ことなく、親しんでいるのは和である。
    敵の内部が和であれば、少敵であっても強い。
    不和であれば、大敵であっても弱い。

    ▽ 天の時

     天の時というのは、必ずしも天の時が
    悪ければ、戦に負けるというものではない。

     天の時という条件は、諸軍を勇気づけるため
    のものである。兵士の心が勇めば、戦に有利
    である。兵士が恐れていれば、戦に不利である。
    このため、将自らが進んで士気を高める上で
    最も望ましいのが、天の時を考えることである。

     将が十分に天の時を知っていれば、どうして
    攻め寄せて勝たないことがあろうか。兵が勇敢
    であれば、小をもって大に勝つのである。
    さらに、出陣にあたって武運、戦勝を祈願する神
    として九万八千の軍神がある。天の時という
    ものは、確かにある。これは信じなければ
    ならない。ただし、天の時は地の利があるの
    には及ばず、地の利があるのは人の和があるの
    には及ばない。人の和は、将の智謀によるのだ、
    とされている。最も知るべきことである。

    ▽ 敵将の謀勇の判別

     また、敵の将軍の謀(はかりごと)や勇猛さ
    を知るとは、その将軍の勇猛さを多く聞いて
    知るだけでは、疑わしいのである。
    そこで、その将がこれまで勇猛であったか
    どうかを調べるのである。

     謀は、常々語っていたこと、行動したこと
    から知ることができる。これらのことを
    よく知り、時に当たって分別して、進むべき
    であれば進み、退くべきであれば退くのを
    良い将軍という。

    ▽ 将の器ではなかった大塔宮

     「兵の勇」とは、剛力・早業・弓馬・太刀打ち
    などで人に優れて利があるのをいう。しかるに、
    大塔宮が修練された武芸とは、全て一兵卒として
    の器量のお嗜(たしな)みであって、全軍の総指揮官
    たる将軍としての器量ではなかった。
    これを例えれば、猿の水練、魚の木登りであろうか。

     これは、将が兵の勇を嗜むのを悪いということ
    ではない。将の道を専(もっぱ)らに学んで知った
    その後に、兵士の器量を身につけようとするのが
    最も正しい方法なのである。

    ▽ 将の道を知っていながら修練しないのは「無道」

     『太平記』には、大塔宮が兵と将の二つの勇を
    ともに叶(かな)えられた方だと書いてある。
    しかし、この部分が記された当時、大塔宮は威を
    天下に振るい、奢(おご)りを極めておられた。
    このように、大塔宮が将の道に叶っておられなかった
    ことは、天下が治まって後の御行跡(ふるまい)から
    知ることができる。どうして将の道に叶う人が、
    みだりに奢りを極めるであろうか。極めはしない。

     将の道を知るものは稀(まれ)である。将の道に
    叶う人はさらに稀である。また、叶わないながら
    も身につけようとして鍛錬する者があるが、これで
    良いのである。

     四句の分別というものがある。これは、ある主題に
    ついて肯定と否定の組み合わせで四種の述語をつけて
    考察することである。

     将の道を知って、修練するのが上である。
     将の道を知らずして、修練もしないのは相手にしてはならない。
     将の道を知らずして、正しくないことを修練するのはよい。
     将の道を知っていながら修練しないのは、無道である。速やかに討つべきである。

     道に叶うことができるのが聖人である。
    しかし、末代にはほとんど存在しない。


    (「将の道」終り)


    (以下次号)


    (いえむら・かずゆき)

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    ● 著者略歴

    家村和幸 (いえむら かずゆき)
    1961年神奈川県生まれ。元陸上自衛官(二等陸佐)。
    昭和36年神奈川県生まれ。聖光学院高等学校卒業後、
    昭和55年、二等陸士で入隊、第10普通科連隊にて陸士長
    まで小銃手として奉職。昭和57年、防衛大学校に入学、
    国際関係論を専攻。卒業後は第72戦車連隊にて戦車小隊長、
    情報幹部、運用訓練幹部を拝命。
    その後、指揮幕僚課程、中部方面総監部兵站幕僚、
    戦車中隊長、陸上幕僚監部留学担当幕僚、第6偵察隊長、
    幹部学校選抜試験班長、同校戦術教官、研究本部教育
    訓練担当研究員を歴任し、平成22年10月退官。

    現在、日本兵法研究会会長。

    http://heiho-ken.sakura.ne.jp/


    著書に

    『真実の日本戦史』
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    『名将に学ぶ 世界の戦術』
    ⇒ http://tinyurl.com/3fvjmab

    『真実の「日本戦史」戦国武将編』
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    『闘戦経(とうせんきょう)─武士道精神の原点を読み解く─』
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    『兵法の天才 楠木正成を読む (河陽兵庫之記・現代語訳) 』
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    【第16回 家村中佐の兵法講座 −楠流兵法と武士道精神−】

     演題『太平記秘伝理尽鈔』を読む(その5:京都奪還作戦)

     日時 平成26年6月21日(土)13時00分〜15時30分(開場12時30分)

     場所 靖国会館 2階 田安の間

     参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料


    【第19回 軍事評論家・佐藤守の国防講座】

     演題 現代戦の要!航空作戦を語る 〜私の戦闘機操縦体験から〜

     日時 平成26年7月26日(土)13時00分〜15時30分(開場12時30分)

     場所 靖国会館 2階 偕行の間

     参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料


     お申込:MAIL info@heiho-ken.sakura.ne.jp
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