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  • 2014年6月24日火曜日

    「台湾の声」【楠木正成の統率力第5回】神仏を信じるということ

    【楠木正成の統率力第5回】神仏を信じるということ
             

    家村 和幸


    ▽ ごあいさつ

    こんにちは。日本兵法研究会会長の家村です。

     『太平記』を読んで驚かされるのは、そこに
    出てくる軍勢の兵数の多さです。小さな山一つ
    を「数十万」や「百万」余騎で囲むといった、
    現実にはありえないような描写がいくつも
    記されています。

     『太平記秘伝理尽鈔』では、こうした軍勢の
    兵数の誇張について、それぞれの合戦ごとに
    詳しく解説しております。たとえば、赤坂城の
    寄せ手(攻撃側)は『太平記』では三十万騎
    とされていますが、『太平記秘伝理尽鈔』では、
    これについて以下のように解説しています。

    (引用開始)

     古い書には四万余騎とある。元国にこの書
    を渡す時、三十万騎と書きなおしたのである。
    その理由は、異国(元国)でも周辺の国に書を
    渡すにあたっては、このように実数よりも大きく
    書きなおすからである。

     それでは、(日本は)元国には、どれほどの
    虚偽の話を流したのであろうか。この「四万」を
    「三十万」に増やしたのは、七倍に膨らませたと
    いうことである。その中でも西国の軍勢について
    は、実数の三倍とした。西国の実情は、異国に
    おおよそ知られている(注:つまり、嘘がわかって
    しまう)。東国であれば、元国も知ることがない
    からである。

    (以上、「太平記秘伝理尽鈔巻第三 赤坂城軍(いくさ)の事」より)

     異国に誇張した兵数の情報を流すことは、侵攻に
    対する抑止力となります。このように、当時の日本
    も外交を通じた「情報戦」を展開していたことを
    物語っており、たいへん興味深いものがあります。

     それでは、本題に入りましょう。


    【第5回】神仏を信じるということ


    ▽ 赤坂城の落城と楠木正成の脱出

     関東から来援してきた鎌倉幕府方の大軍は、近江国
    に入る前に笠置の城が落ちたことを知り、伊賀や宇治
    を経由して、楠木正成が立て籠(こも)っている赤阪城
    に向かった。


     赤坂城を包囲した幕府軍に対して、正成は選抜した
    強弓二百人を城中に配置するほか、塀を二重に
    こしらえて敵兵がこれをよじ登ると崩したり、熱湯や
    煎った砂、糞尿などを浴びせるなど、さまざまな機略を
    めぐらして翻弄(ほんろう)した。

    しかし、急ごしらえの城のため、兵糧の準備が不十分
    だったので、自ら城に火を放ち、自害したように見せ
    かけて、行方をくらませたのであった。


     小雨が降る夜中に楠木の軍勢は、武具をはずして
    三人から五人づつ敵兵に紛れ、静かに落ちて行った。

    楠木正成が幕府軍の侍大将・長崎高貞の陣前を通過
    していると、敵の兵士から「詰所の前を了解も得ずに
    そっと通っていくとは、何者だ」ととがめられた。


     正成は、「大将の身内だが、道を間違えたようだ」と
    言いながら、足早にその場を去ろうとした。しかし敵兵は
    「怪しい奴だ。馬泥棒ではないのか。射殺してしまえ」と
    近くに走り寄って真正面から弓を射た。


     敵兵が放った矢は、正成の腕に命中したが、
    突き刺さることもなくはね返った。矢が当った部位には、
    正成が肌身離さず持っていたお守りがあり、その中に
    入っていた観音経の「一心称名」と書かれた二句の
    偈(げ)に、矢の先が刺さったまま残っていたのであった。

    このことにより、正成は命を落とすことなく二十余町
    (約2キロメートル以上)を逃げ延びることができた。

    (注)偈とは、経典の中で、詩句の形式で仏や菩薩の教えを説いたもの。



    ▽ 正成、神仏を信じる心を語る

     正成は、観音経を長年信仰し、読誦を続けてきた。
    正成に当った矢が、観音経の一心称名の偈により
    はね返されたことについて、後に正成は、家来たちに
    次のように語っている。

    (以下、「太平記秘伝理尽鈔巻第三 赤坂城軍の事」より)

     勇士であるならば、取り分け神仏を信じるのは、
    良いことである。

    信じるというのは、常に精進し、水こりの行をして、
    神仏を拝み奉り、御名を唱えることだけをいうの
    ではない。神仏の掟(おきて)を堅く守るということ
    が肝要である。


     それは、一つには約束を違えず、虚言をしない
    ことである。一切の禍は、虚言から発する。仏は
    妄語を戒めと説き、神は謀計の詞(ことば)を
    「あだし言(空しい言葉)」として、大いに穢れているとされる。


     そうであっても、国のため、諸人のためであれば、
    謀計もあらねばならない。これは方便であって、
    やむを得ないものとされる。

    ただし、一身を栄えんがために、虚言だけを言って
    諸人を迷わせ、上を掠(かす)めるのは、大いに無道
    なのである。これでは神にも仏にも憎まれ、諸人にも
    指をさされることになる。


    ▽ 神仏の掟、その2─無欲と慈悲

     二つには、我のみ栄え、慈悲がないようでは
    いけない。仏はこれを独覚と戒め、神は
    「味気無し(あじきなし)」として追いやられる。

     我のみが栄えれば、乱の端緒となる。
    我が人を捨てれば、人も我を捨てる。我がこれを
    取ろうと欲すれば、人もこれを取ろうと思う。
    これゆえに争いが生じるのである。

    争いが生じるがゆえに、強い者は勝ち、弱い者は
    負ける。負けるがゆえに弱い者は強い者に従う。
    火に薪(たきぎ)を加えるように、強い者は
    益々強くなるので、奢侈(ぜいたく、おごり)が
    出てくるのである。


     驕りを極めて、君主を崇(あが)めることなく、
    民をないがしろにして、侮(あなど)る。このように
    なれば、国は乱れて家は亡びるのである。
    こうしたことから、我のみが栄えることは、仏神
    ともに禁じられるのである。


    ▽ 神仏の掟、その3─身と意の不浄を誡める

     三つには不浄である。それには二つある。
    一つは「身」の不浄、もう一つは「意」の不浄である。


     身の不浄というのは、魚鳥を喰い、妄りに妄淫を
    なすような類いを根本とする。また、神の禁(いまし)めに、
    死ぬことの不浄を忌むことがある。これは、生きる
    ことを堅く誡めるためである。


     次に意の不浄というのは、欲心が深く、人を養育
    するという考えが無く、財宝をいたずらに集め積んで
    楽しみ、我が身の為に使うときは砂石を散らすか
    のようになるのを云う。


     身の不浄は罪が少ないが、意の不浄は禍(とが)が
    多い。今の人は拙(つたな)くして、この道理を知らない。
    朝と暮れに行水を好んで神仏を礼拝しながら、
    意の不浄というものを知らない。

    親孝行をせず、君主への忠節心が無い。欲心が深くて、
    またその願いを聞けば、金銀・米銭などで満たされる
    ことを祈り、玉楼・金殿の数を並べることを願いとする。


     かりにも正しい道を祈らずに、どうして神仏が受けて
    下さることがあろうか。身に徳が無くして栄えるのは、
    不義の富貴であり、浮かんだ雲のようなものだと
    言われる。

    先ず身を栄えたいと欲する者は、その身の徳を
    分別しなければならない。身に徳が備われば、
    自ら富んで必死の難を遁(のが)れるのである。


     正成は至らずといえども、少しはこの道理を
    嗜(たしな)んでいるので、このように仏神の憐れみ
    があったのだ。


     正成は、家来たちにこのように語ることで、
    人の道を教え諭したのであった。


    ▽ 言行一致であった楠木正成

     正成が口先だけで、このようなことを言って、
    身にその行いが無ければ、どうして人は信頼した
    であろうか。その道を行ってきたがゆえに、
    世の人々も正成の言葉を信じたのであった。


    (「神仏を信じるということ」終り)

    (以下次号)


    (いえむら・かずゆき)

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    ● 著者略歴

    家村和幸 (いえむら かずゆき)
    1961年神奈川県生まれ。元陸上自衛官(二等陸佐)。
    昭和36年神奈川県生まれ。聖光学院高等学校卒業後、
    昭和55年、二等陸士で入隊、第10普通科連隊にて陸士長
    まで小銃手として奉職。昭和57年、防衛大学校に入学、
    国際関係論を専攻。卒業後は第72戦車連隊にて戦車小隊長、
    情報幹部、運用訓練幹部を拝命。
    その後、指揮幕僚課程、中部方面総監部兵站幕僚、
    戦車中隊長、陸上幕僚監部留学担当幕僚、第6偵察隊長、
    幹部学校選抜試験班長、同校戦術教官、研究本部教育
    訓練担当研究員を歴任し、平成22年10月退官。

    現在、日本兵法研究会会長。

    http://heiho-ken.sakura.ne.jp/


    著書に

    『真実の日本戦史』
    ⇒ http://tinyurl.com/3mlvdje

    『名将に学ぶ 世界の戦術』
    ⇒ http://tinyurl.com/3fvjmab

    『真実の「日本戦史」戦国武将編』
    ⇒ http://tinyurl.com/27nvd65

    『闘戦経(とうせんきょう)─武士道精神の原点を読み解く─』
    ⇒ http://tinyurl.com/6s4cgvv

    『兵法の天才 楠木正成を読む (河陽兵庫之記・現代語訳) 』
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    ●本土決戦準備の真実ー日本陸軍はなぜ水際撃滅に帰結したのか(全25回)
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    【第16回 家村中佐の兵法講座 −楠流兵法と武士道精神−】

     演題『太平記秘伝理尽鈔』を読む(その5:京都奪還作戦)

     日時 平成26年6月21日(土)13時00分〜15時30分(開場12時30分)

     場所 靖国会館 2階 田安の間

     参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料


    【第19回 軍事評論家・佐藤守の国防講座】

     演題 現代戦の要!航空作戦を語る 〜私の戦闘機操縦体験から〜

     日時 平成26年7月26日(土)13時00分〜15時30分(開場12時30分)

     場所 靖国会館 2階 偕行の間

     参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料


     お申込:MAIL info@heiho-ken.sakura.ne.jp
         FAX 03-3389-6278
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