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  • 2014年4月13日日曜日

    「台湾の声」【寄稿】台湾歌壇

    【寄稿】台湾歌壇                    
                   作者: 札幌市  海原 創
                        
    奇しきご縁で台湾歌壇に接する幸運を得た。贈呈された「台湾歌壇」第十九集、二十集がいま私の机上にある。それぞれ二百頁にもおよぶこの機関誌をもう何回読み返したであろう。

     発足以来四十七年間、短歌会は台北市および台南市にそれぞれ活動拠点があって、およそ八十名の会員数を誇っている。

    その中心は蔡焜燦代表であり、これを扶けて三宅教子(台湾姓黄教子)事務局長はじめ若い同人の奉仕的な働きで運営されている。台北の例会や諸活動に参加できない台南でも、鄭[土良]耀氏主導のもとで月一回の南部歌会を催し盛会である。

    蔡代表も鄭氏も信頼厚い人柄と指導力で会員の調和を図り、単なる趣味の集いを超えて台湾人の願いを短歌で世に訴える社会活動を実践している。また優れた歌人として最近「光を恋ひて」と題する歌集を発表した事務局長の三宅女史は、会運営のみならず短歌の指導や日本の歌人との交流を通じて日台の大切な懸け橋となっている。

    この短歌会には台湾在留の日本人も幾人か参加しているが、過半数の会員は日本語にすこぶる堪能な世代の台湾人である。この点が世界に類を見ない大きな特色である。かつて台湾が日本の一部であったとしても、純粋に日本の文化である短歌を現地の人々が今なお愛好し継承している事実に感服する。

    日本語世代の平均年齢は高く、年を追うごとに去り逝く会員も増えて、自然の成り行きとはいえ会運営には楽観が許されないようである。会員の高齢化傾向は海外における日本人の文化サークルやわが国内でも同じ現象であるが、ただそのような危機感の中、台湾歌壇では会員の熱心な啓蒙活動によって、最近若い同人の数が増え平均年齢が下降しつつあるというから驚く。

    このエネルギーの源泉は一体どこにあるのだろう。

     贈られた二冊の機関誌を精読するうちに、やがてその謎が鮮明となってきた。

     文芸サークルの会誌というのは組織を継続してゆく上での儀式にも似て、会の活動報告や会員の作品を押し並べているのが通例である。その基本において台湾歌壇も例外ではないが、機関誌に収められた幾百もの歌の中には読めば読むほど通常の短歌では詠まれない台湾独特の響きが色濃く表われているのを発見する。

    短歌とはわずか三十一文字に凝縮された表現形式であるが、ここに詠われている作者の思いは百万語を以てしても及ばないほど重層的といえる。短歌に関する私の知識は極めて薄弱で作品の出来栄えを評価するなどとうてい不可能であるが、一方でそのような専門的フィルターが無いだけ彼等の歌に秘められた気持が直截心に響いてくる。

    かつてポルトガル人が「なんと麗しい島よ」と感嘆したように、先ず詠われるのは台湾の美しい自然への賛美と豊かな島で育まれた家族や隣人への愛である。会員の多くが高齢者であるため、苦難に耐えてきた過去や平穏な余生を過ごしたいという願い、そして先立つ人々への惜別の情などが多いのは致し方ないであろう。

    だが読み進むうちに、作者の気持が更に昂揚してゆく。 

    そこには旧き日本時代への追憶があり、あふれるような日本人への親愛の情が込められているのである。これは同じ歴史的立場にあった朝鮮民族と比べると際立った対照を示しており、世界でただひとつ台湾民族のみが抱く心情と思われる。しかしよく吟味してみると、それが単なる日本時代へのノスタルジーとか感傷と言い切れるほど甘味ではなくより複雑な感情を秘めていることに気がつく。かつて台湾を置き去りにし、米軍の加護のもとで安眠をむさぼり、いつの間にか精神まで麻痺してしまった日本人に対するいら立ちや憤懣にも聞こえる。

    中国大陸での主導権争いに敗れ台湾へ遁れ来た蒋介石による支配とは、台湾住民を卑下し、差別し、虐待し、殺戮することであった。その基本姿勢はいまもなおその残党によって引き継がれ、台湾民族は世界の孤児として漂流し続けている。外来人の理不尽な圧政下で苦しむ台湾住民が一刻も早くその苦渋より脱却し、台湾人本来の道を志すのは当然すぎるほど当然の感情であり権利であろう。作品の随所に込められた彼らの本音を辿ると、台湾歌壇とは台湾人が民族自決、新国家建設のための祈りや叫びを世界に発信する同志の集い、というところへ行き着く。

    日本の将来と極東アジアの安全を考える時、その重要なカギとなる台湾の行方をわれわれが他人事として傍観することは許されない。今後より多くの日本人に彼らの友情と叫びを共有して頂きたく、台湾歌壇のご諒承を得て、ここに歌の数々を紹介させていただく次第である。
                          

    「台湾歌壇」第十九、二十集より抜粋
      
      幼な日の台湾神社のお祭りよ神輿担ぎて街練り歩く     蔡 焜燦

      総統も市長も金にて買い得ざるその日台湾人の台湾政府成る 鄭 [土良]耀 

      台湾の歌壇の歴史に留むべき祝賀大会真心の集ひ      黄 教子

      国にして国でなしの国台湾の厳しき前途蒼天を仰ぐ     黄 培根

      台湾は維新の成るか轟沈か今瀬戸際に立ち至らむや

      全民の覚醒の時将に至る乾坤一擲この地を守らむ     

      人のため義のため意気は天を突き美麗島の明日若者は行く  黄 敏慧      
     
      日台の親善祝ひ打ち鳴らす風林火山聖き和太鼓       周 福南

      オスプレイ駐留反対デモ集会沖縄県人気が狂ったか     曹 永一

      靖国に眠る三万の台湾兵日台友誼の礎とならむ      

      尖閣を争ふシナの強盗に「早く帰れ」と我れ叫ぶなり    荘 淑貞

      植民地に凡ての施設を造り賜ふ日ノ本の国の尊さ忘れじ   陳 淑媛

      二十歳まで日本人として育ちたる我らに教育勅語は一生の宝 

      大陸の寒気襲来聞く度に「大陸」は常に仇なす国ぞ     姚 望林

      盲たる民よ目覚めよ政権の奪回見ざるにいかで眼を閉ず   林 肇基

      弁当に梅干入りの遠き日や命つなげば美味ぞと思ふ     李 英茂

      身の毛立つ白色テロの生贄は蒋介石が見せしめの為     高 淑慎 

      思わずもふと口ずさむ歌会にみんなと唄ひし「我は海の子」 陳 皆竹

      英霊は二百四十万靖国の詣でになどて隣国さわぐ      顔 雲鴻

      孔孟を生みし国なれど悲し今は仁義の欠けら更々になし   荘 進源

      ショッピングのバッグに書かれし「台湾は我らの国家」に我が目うるむ
                                  蔡 紅玉  

      騙し屋を総統の座に推し挙げし有権者の愚を責めざるを得ぬ 黄 昆堅

      お向いの悪党なくばフォルモサは居心地の良き楽園ならまし

      チャイニーズと洗脳されし台湾人見る見るうちにシナ風に染む

      憲九の改正なるや安倍総理日本の未来双肩にあり      潘 達仁


    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html

     2014.4.12 9:00



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