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  • 2008年11月26日水曜日

    「台湾の声」【中国核実験】住民19万人が死亡と推定

    【中国核実験】96年まで46回実施か 住民19万人が死亡と推定
           
          隣国カザフの調査 日本人科学者が分析

    東京新聞2008年11月21日朝刊「こちら特報部」より

    http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2008112102000092.html

    東京新聞 11/21朝刊 【特報】

    http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2008112102000092.html



    新疆ウイグル自治区 住民19万人死亡推定
    中国核実験の実態 「健康被害、今も」
    1964〜96年に46回実施か 地表でメガトン級3回
    隣国カザフの調査 日本人科学者が分析

    「核の砂」北京を避け
    風向き「配慮」季節選び実施
    「データ開示し、被災者には補償を」

    東アジアでは北朝鮮の核兵器開発が国際社会から問題視されているが、 中国は
    既に一九五〇年代半ばから核兵器開発にまい進してきた。
    少数民族が居住する新疆ウイグル自治区で行った核実験は四十回以上に及ぶ。
    しかし中国政府は実験データはもちろん、実施の事実すら公表していない。
    核汚染や周辺住民への被害はこれまで闇の中だったが、 その実態が日本人科学
    者の手によって初めて明らかになりつつある。
    (外報部・浅井正智)

    「旧ソ連時代、中国の核実験による放射線の影響は、(新疆ウイグル
    自治区の)ロプノル核実験場から北西に約千キロ離れた隣国カザフスタンで
    監視されていた。そのデータを2001年に入手したことは、中国の核実験の
    実態を追跡する上で大きな意味があった」

    原発事故のチェルノブイリや臨界自己の東海村をはじめ、世界各地の
    放射線被害の現地調査を手掛けてきた札幌医科大学教授(放射線防護学)は、
    札幌市内の研究室でこう語りはじめた。

    中国は実験現場を公開していないが、どう調査したのか。
    用いたのは、旧ソ連が監視していた中国の核実験威力や爆発温度、
    風向き、さらに風下のカザフスタン東部マカンチに実験直後に降り積もった
    核分裂生成物の分析から、新疆ウイグル自治区の被害を推定するという手法。

    現地調査をせずに核汚染を科学的に分析するこの方法を適用することで、中国
    が隠し続けてきた核実験災害の実施時期に突破口をひらいた

    中国が同自治区で行った核実験は、1964年か96年までに延べ46回とみられ、
    「これらの実験のために致死レベルの放射線を浴び、死亡した住民は19万人と
    推定されると高田教授は具体的な数字を挙げた。

    劣悪な医療環境などから、その4倍の75万人が死亡したとする説もあるという。
     死に至らなくとも、白血病やその他のがんの発生、胎児への影響が高まる地域
    には 129万人がいたとみられる。核実験はもう 10年以上 行われてはいない
    ものの、「住民の健康被害は続いており、まさに現代の問題」にほかならない。

     実験地点は シルクロードの要衝として栄え、日本人が好んで観光に訪れる
    楼蘭に近い。「地下核実験で地下水が汚染されている恐れがあり、飲むのは
    避けるべきだ」と警告する。

     46回の実験のうちメガトン級の地表核爆発は67年、73年、76年の三回。
    核爆発は爆発点により、空中、地表、地下に分類されるが、地表爆発は核汚染
    された土壌の粉じんを巻き上げ、周辺および風下に大きな放射線災害をもたらす


     高田教授によると、メガトン級の地表書く爆発は米国も旧ソ連も内陸では行っ

    いない。中国はそれを三回強行した。インターネットの動画サイト「ユーチュー
    ブ」
    では中国の核実験の映像が見られるが、防護服などを着ていない人々が巨大な
    きのこ雲に向って万歳する姿が映し出されており、安全面の対策を講じないまま
    実験を行った可能性が極めて高い。

    ただ中国当局は一つの重要な「配慮」をしたとみられる。
    67年と73年のメガトン級地表核爆発は同じ6月に行われ、当時の気象記録から
    カザフスタン方向に風が吹いていたことが分かっている。

     「毛沢東ら共産党指導者のいる北京に゛核の砂゛が飛んでいかない季節を選ぶ
    という最大級の配慮をしたはずだ」と高田教授は皮肉を込めた。

     残る一回のメガトン級爆発時(76年11月)の気象データは、今のところ判明して
    いない。11月という季節から、核の砂は北風によって南に隣接するチベット自治

    に運ばれた可能性が考えられるが、解明は今後の研究に委ねられている。

    高田教授は研究成果をまとめ、北京五輪に合わせて今年、著書「中国の核実験」
    (医療科学社)を出版した。先月下旬、アルゼンチンで開かれた国際放射線防護
    学会でも「中国の核実験災害と線量評価」と題し報告を行った。

    これまで謎に包まれていた中国の核実験の実態から見えてくるものは、
    「主にウイグル人が居住している場所で、安全面の対策も立てず、国家によって
    犯罪的実験を行った。」(高田教授)というおぞましい現実だ。

     三回のメガトン級爆発は、すべて文化大革命(66〜76年)という未曽有の大混乱
    の間に行われている。中国共産党は81年、新中国成立以来の歴史を総括する
    「歴史決議」で、その文革を「過ち」と公式に認めた。
    「ならば」と高田教授は強調する。

    「文革の熱狂の中で行われた危険な核実験の過ちも認め、データを開示し、
    被災者の補償をすべきだ。それをしない限り、中国は決して国際社会から信頼
    される国家にはなれない」

    『台湾の声』 http://www.emaga.com/info/3407.html

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