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  • 2007年9月23日日曜日

    「台湾の声」【台湾の旅】 (72) 台南市その3

    台湾の旅—この国をもっと知るために(72) TAILAM 台南市その3 (文/西江智彦)

    Lam,An-peng,An-lam 南、安平、安南

    台南空港と空軍・南区  南区(Lam-khu/ラムクウ)は安平区、中西区の南、東区、台南県仁徳郷 の西、高雄県湖内郷、茄定郷の北にある。東区の中華東路(Tiong-hoa- tang-lou/テョンホアタンロォー)から台1線が大同路(Tai-tong-lou/ タイトンロォー)に合流し、台南県仁徳(Jin-tek/ジンティェク)郷へ抜 けている。台1線の西側には台南空港(Tai-lam-ki-tiuN/タイラムキー ティウ)があり、台北(Tai-pak/タイパク)、澎湖(PhiN-ou/ピイオォー) 、金門(Kim-mng/キンムン)を結んでいる。空港に西の海側には安平区か ら台17線(中華西路、濱南路)が通り高雄県茄定郷へ抜けている。また、 台17線の東に台17甲線(金華路Kim-hoa-lou/キムホアロォー)が走り、中 西区から南区を通って高雄県茄定郷へ抜けている。東西には安平区から健 康路(Kian-khong-lou/ケンコンロォー)が東区の長栄路(Tiong-eng-lou /テョンイェンロォー)とつながっているほか、中華南路が台17線から台1 線を東西に結んでいる。  海側には安平新港があり、その南の四[魚昆][魚身](Si-khun-sin/シー クンシン)地区には、[魚昆][魚身]海水浴場や養殖池がある。[魚昆][魚身] 湖の東、中華西路の西側には安平工業区が広がっている。  南門路(Lam-mng-lou/ランムンロォー)の東、健康路の南には中正紀念 運動公園があり、市立体育場、野球場、テニス場、射撃場、ラグビー、サ ッカー、自転車などの競技場が整備されている。台南野球場は統一ライオ ンズ(獅)の本拠地となっている。  南区は台南空港があるため、空軍関係の施設や眷村が多く造られ、八一 四空軍医院があるほか、大同新村、大林新村、国民新村、勝利新村、南税 一村、志開新村、実践新村、明徳新村、博愛新村、警察新村、大鵬新村、 鹽警新村などには戦後中国から渡って来た外省人(華人)が多く住んでい る。

    ゼーランジャ城と億載金城と運河・安平  安平(An-peng/アンピェン)区は安南区の南、中西区の西、南区の北に ある。ここは昔から天然の良港で、船舶が安全に出入りできることから安 平と呼ばれるようになった。  安平区と安南区との境に鹽水渓(Kiam-chui-khe/キャムツイケー)が流 れているほか、区の東西に安平運河が通っている。  区東部に台17線(中華西路Tiong-hoa-se-lou/テョンホアセーロォー)が 南北に通り、台南市政府庁舎の横を走っている。  安平古堡(An-peng-kou-po/アンピェンコォーポー)はオランダ時代の 1624年にゼーランジャ(Zeelandia)城として建てられたもので、当時の城 壁が残っている。オランダの時代の洋館はいまはなく、いまの建物は日本 時代の1930(昭和5)年に建てられたもの。洋風の建物に瓦屋根がついた 独特のデザインだ。安平古堡にはこのほか眺望台や鄭成功の銅像などがあ る。  安平古堡の周りは石畳やレンガで舗装された老街(Lau-ke/ラウケー)が 広がり、安平郷土館、永漢民芸館、台湾開拓史料蝋像館などがある。鹽水 渓の河口の南には安平海水浴場がある。  安平運河の南の上[魚昆][魚身]地区には億載金城(Ek-chai-kim-siaN/ イェクツァイキムシヤ)という清国時代の錬兵場の遺跡がある。ここは 1874年に当時の清国がフランス人の技師を招いて砲台を建設し、四角形の 要塞とその周りに堀がある。

    塩田から台南サイエンスパークへ・安南  安南(An-lam/アンラム)区は安平区、中西区、北区の北、台南県七股郷、 西港郷、安定郷の南、永康市の西にある。

     四草塩田が埋め立てられ、台南サイエンスパークが設置され、開発が急 ピッチで進んでいるエリアだ。安定(An-teng/アンティェン)郷との境に 台南環線高速道路(8号線)の台南端ICがあり、中山高速道路の台南JCTや フォルモサ高速道路の新化(Sin-hoa/シンホア)JCT方面と連絡している。  幹線道路は台19線(安和路/An-ho-lou/アンホーロォー)が安定郷から北 区を結び、台17線(安明路/An-beng-lou/アンビェンロォー)と台17甲線 (公學路/Kong-hak-lou/コンハクロォー)、海佃路(Hai-tian-lou/ハイ テンロォー)が七股(Chhit-kou/チッコォー)郷から安南区を通って中西 区へ抜けている。  安南区と安平区、中西区、北区との境には鹽水渓が流れ、七股郷との境 には曽文渓(Chang-bun-khe/ツァンブンケー)が流れている。海沿いは湿 地帯で、魚の養殖池が広がっているほか、かつては四草塩田があった。四 草塩田は埋め立てられ、台17線(安明路)沿いに台南科技工業園区が開発 されている。工業園区の南、本田街の南側には塩民記念碑、四草野生動物 保護区、大衆廟、四草砲台の遺跡などがある。また、工業園区内の鹿草街 には鹿耳門天后宮という[女馬]祖宮(Ma-chou-keng/マーツォーキェン) がある。

     工業園区の北端の城西街沿いには鄭成功記念公園があり、鄭成功の上陸 記念碑がある。  台17甲線沿いは安南の市街地を通っている。十二佃(Chap-ji-tian/ ツァプジーテン)には、十二佃大神榕という大きなガジュマルの木がある。 台19線(安和路)の和順から長和街(Tiong-ho-ke/テョンホーケー)を進 むと国立台湾歴史博物館(Lek-su Phok-but-koan/リェクスウ ポクブッ コワン)がある。  海尾寮(Hai-boe-liau/ハイボエリャウ)の同安路(Tang-oaN-lou/タン オワロォー)には飛虎将軍廟がある。1944(昭和19)年、大東亜戦争で米 軍と空中戦になった杉浦少尉は、ゼロ戦が米軍機の攻撃を受け墜落、最後 まで村に落ちないよう自ら犠牲になって畑に突っ込んだ。その後、農民が そのときの戦死者を廟に祭ったところ、大変豊作になったという。

    (台南市編おわり、台南県編に続く)

    『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html 『日本之声』http://groups.yahoo.com/group/nihonnokoe

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